「新潟県厚生連」とは
1948年(昭和23年)に新潟県農業会が解散し、新たに新潟県農業共同組合連合会が設立され、生産連(新潟県生産農協連)厚生部の病院となりました。1951年(昭和26年)には生産連が病院部門を抱えたまま指導連(新潟県指導農業連)に移行しました。
同1951年の8月に厚生連が医療法に定める公的医療機関に指定され、翌年の1952年(昭和27年)3月に独立して発足した組織が新潟県厚生連です。
「新潟県厚生連労働組合」とは
新潟県厚生連労働組合は、新潟県厚生連に所属する職員のための労働組合です。新潟県厚生連が1952年(昭和27年)に独立し発足した同年5月に私たち厚生連労組も誕生しました。
厚生連労組は、厚生連の協同組合としての生い立ちを忘れず、新潟県の地域医療とそこで活動する厚生連職員の雇用を守るために活動を続けています。
理念
新潟県厚生連労組は、「雇用と地域医療を守る」運動を受け継いで60年余の歴史をつくってきました。 新潟県厚生連は、みんなで命と健康を守ろうとし相互扶助でつくられた協同組合の病院です。過疎化や医師不足、経営悪化で病院の縮小・廃止が起きた時には、地域の人々とともに病院を守ってきました。また、医療労働者が安心して働き続けられるように、看護師の8日夜勤制限など労働条件改善に取り組んできました。 地域住民と医療労働者が力をあわせて「いつでも、どこでも、だれでも安心して受けられる医療」を実現することがわたしたちの願いです。
運動の指針
- 医療労働にふさわしい賃金・労働条件の改善に取り組みます。 夜勤制限など働き続けられるための協定を守り、増員を実現していきます
- 地域医療を守ります。 住民に支えられ、地域に根差した取り組みで病院と地域の医療を守っていきます。
- 連合新潟12万人、連合加盟医療労働組合の仲間とともに運動を進めていきます。
組織構成
加入形態
歴史・あゆみ
厚生連労組 誕生 | |
1952年 | 12支部、組合員500名で厚生連労組結成 |
1960年 | 看護婦の全寮制撤廃実現、全国病院スト始まる |
1962年 | 新潟県厚生連と上越医連合併(けいなん・上越) 医療改善要求運動を始める。(当時の賃金は県立病院の2/3程度) |
縮小合理化反対・実力行使で賃金・労働条件の向上へ | |
1963年 | 小国病院の縮小提案を反対闘争で撤回 |
1966年 | 厚生連労組初のスト実施 |
1968年 | 自主ダイヤ闘争で民間病院初の「複数8日夜勤」協定を締結 |
1969年 | ストと地労委斡旋で賃金闘争・権利闘争・医療改善で成果を上げる |
1970年 | 糸魚川病院の縮小合理化案に対し反対闘争→地域共闘結成 |
1972年 | 青年部結成(現在の青年委員会) |
1974年 | ユニオン協定と保安協定を同時に締結 |
1976年 | 初の徹夜団交を実施 |
1977年 | 5つの医療改善運動を提起し、活動を開始する (時間延長、良い看護推進、時差出勤、健診推進、個々の病院政策) 本部主催で「新組合員集会」開催(以降毎年開催) |
1979年 | 婦人委員会発足(現在の女性委員会) |
1981年 | 病棟自主ダイヤで増員実現 |
1987年 | 育児休業制度の実現 |
1989年 | 小国診療所の町営移管に反対・医療拡充を掲げ初の住民署名に取り組む。 (3555名の賛同を集めた) 地域・患者さん向け新聞「そよ風」を創刊 |
条件改善 | |
1990年 | 当直明け早期実現・病院祭開始・定年延長57歳から60歳に延長、 併せて選択定年制度発足 |
1992年 | 年末手当は越年闘争で3ヶ月を確保 |
1993年 | 豊栄病院の早期移転実現に向けて住民署名を実現 地域保健講座開始 |
1994年 | 年末手当の仮払い闘争実施 患者会発足 中条病院の拡充署名の実施(17000筆) 栃尾郷病院拡充の請願選択 実力行使で4週8休(2サミダレ)実施 |
協同組合らしい病院づくりへ政策提言 | |
1995年 | 介護休業制度新設 県議会に意見書(医師充足・財政援助)を提出 新大医学部と医師充足で交渉 労使事務局調整会議を新設 |
1996年 | 厚生連検査センター構想を廃案させる |
1997年 | 中条病院の精神科廃止の反対を議会請願 中条病院精神科分離、独立を県に要請 労使相互の医師疎通を図り経営の発展と事業の円滑なる運営を期すために「経営協議会」を設置 頸南病院の移転新築を議会請願 JAとの系統利用連携強化に取り組む 豊栄病院新築移転 |
1998年 | 栃尾郷病院機能拡充の住民署名(有権者の7割賛同) 厚生連医療フォーラム実施 厚生連OB会結成 |
1999年 | 中条病院併設老健施設「きたはら」1/3方式で建設 |
2000年 | 新潟県厚生連労組・佐渡厚生連労組が合併 |
2001年 | 単身赴任者の住宅保証、長距離通勤者の新幹線利用が実現 |
2002年 | けいなん総合病院新築 |
2003年 | 国立佐渡療養所を移譲し、真野みずほ病院に。真野支部結成。 |
2005年 | 中越地震復興に向け災害復旧補助率の改善を求め政府交渉を繰り返し、1/2から2/3にかさ上げ実現 長岡中央綜合病院の移転新築 |
2006年 | 上越総合病院移転新築 |
2007年 | 県立瀬波病院を移譲し瀬波支部結成 |
2009年 | 旧こばり病院を移譲し、新潟医療センターに新潟支部結成 栃尾郷病院を機能転換し、栃尾郷診療所、介護老人保健施設とちお となる |
2010年 | 阿賀野市立水原郷病院の指定管理者となり、阿賀野支部結成 |
2011年 | 佐渡総合病院移転新築 |